起業するまでの人生を振り返る⑤(防災屋就職編)

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CAT起業物語9日目🐱

僕はその時友達とミスチルのコンサートに行ってました。

コンサートが終わり、帰りにグッズを買う為に行列に並んでました。すると電話が鳴りました。ライオン防災の井上さんからでした。

井「お疲れー。赤川くんってもう就職決まったー?」

赤「お疲れ様です!いえまだです!」

井「まじか!じゃあさ、今度〜の面接一緒に行かへん?」

赤「え!?〜ってあの〜ですか?是非お願いします!」

井上さんが紹介してくれた会社はわりと有名な防災屋さんで僕でも知ってるような名前でした。井上さんはその会社と取り引きをしに、僕は面接をしに、2人でその会社に出向きました。

その防災屋は若い人手が必要とのことでした。僕は面接後すぐに採用が決まりました。

採用が決まったあともポリテクでギリギリまで勉強をしてました。その間に消防設備士甲種4類や、シーケンスや、電気通信やオートCADの授業も受けました。最終的には僕と2個上の人と2人でした。

そして24歳の僕は2度目の就職をしました。最初は工事部に配属されました。メーカー系の仕事が多かったので主に工事の施工管理の仕事でした。しかしその防災屋は強烈な個性を持った人の集まりでした。

最初に配属された部署の上司がダクト消火などの特殊自動消火システムの担当でした。そして3ヶ月がたった頃上司からこう言われました。

上司「自分、来月からダクト消火の営業窓口な。挨拶回り行くからついて来いよ。」

赤「は、はい。わかりました。」

厨房用のダクト消火(フード消火)システム

といった形で僕はダクトの窓口をすることになりました。そこから夜勤が劇的に増えました。それと並行して水、泡、ガスの工事の番頭業も増えて行きました。新しいことばっかりなので急激に成長したと思います。最初は本当にやる気に満ち溢れてました。常にメモ魔、わからないことがあれば上司に聞いたり、自分で調べたり。職人さんとも密にコミュニケーションを取ってました。

そして入って6ヶ月後、初めて新築の現場の番頭に任命されました。泡や屋内消火栓などの工事で何千万円以上の工事でした。またそれと同時にダクト消火の窓口と現場もやっていたので、昼夜が増えて行きました。朝会社に行って車に乗って現場まで行く、朝8時からの朝礼に出てラジオ体操をする現場の工事をおさめて、事務所に帰り、図面の修正や届出を作る、夜はダクトの対応をする。というような感じで一時期多忙を極めてました。それと同時に上司からの指導もどんどん厳しくなっていきました。おそらく僕を早く育てようとして下さってました。しかし僕はだんだんと精神的に追い詰められて行きました。

1年目に工事を担当した泡消火設備と屋内消火栓設備のポンプユニット

そして工事の消防検査が終わった頃、僕はいつものように会社に出勤しました。しかし、会社の正門の前でピタっと足が止まりました。

もうその頃の僕は会社に行くのが怖すぎて嫌すぎて毎日吐いてました。そしてついに身体が拒否反応を起こしたのです。

僕は上司にメールで「申し訳ありません。限界なので今日は休みます。」

そう言い残しその日は帰りました。

完全に鬱病になってました。またこのまま逃げるのか。。僕は悩みました。そして年末、上司に相談をしました。

〜次回へ続く〜

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